旅日記,随想,俳句など…

屋久島紀行2


第二日(10月2日)

 朝,5時30分起床,空は曇っているがまだ雨は降っていない.登山の準備をしてホテルのフロントへ向かう.念のため,インターネットの天気予報を覗いてみる.昨日の傘マークが真っ赤な太陽マークに変わっている.小躍りするような気持ちでフロントへ向かう.フロントで昨夜書き込んでいた登山届けを渡し警察署に届けてもらうことにした.注文していた二人分の朝食と昼食を受け取り,私のリュックに弁当を入れて玄関で待機していたタクシーに乗り込む,出発はちょうど6時になった.タクシーの運転手は少し小太りの実直そうな人である.コース案内によると本日の登山の出発点である淀川登山口まで車で1時間10分とある.淀川登山口は海抜1360メートルある.ほぼ海抜ゼロメートルからいっきにこの高さまで車で運んで貰うことになる.翌日,荒川登山口へ降りたときの迎えもお願いすることにした.朝6時には山小屋を出発する予定なので,余裕をみて午後2時のお迎えで十分である.運転手もコースタイムから見て午後2時に下山というのは妥当であると認めながらも,遅れても待っているので気をつけて下山するようにといってくれる.一泊二日で淀川登山口−宮之浦岳−荒川登山口の縦走をする場合は,このようにタクシーを使うのが普通であると案内書にある.レンタカーを使用する場合には,同じ場所に戻らなければならないのでこのような縦走は出来ない.

 運転手が屋久島についての説明をしてくれる.屋久島のハイシーズンはシャクナゲやツツジが咲きそろう5月下旬から6月上旬であるという.秋では10月中旬から11月初めにかけてがシーズンとのこと,いまの時期はまだ観光客はそれほど多くはないということだ.登山口までにすれ違ったタクシーが4台で登山口に駐車していた車が数台であり,これなら日帰りの人もいるだろうから山小屋に泊まれないということはないようである.道路の脇にサトイモの葉によく似たタロイモのような植物がある.毒があり食べられないもので観賞用に使われるクワズイモだという.下山してホテルに着いて時,玄関前の植え込みにこのクワズイモがたくさん植えられていた.高度を上げるにしたがいフヨウなどに代わり白い花を咲かせたノリウツギなどが多くなる.さらに高度を上げると多様なシダ類が姿を現す.「一ヶ月に35日雨が降る」という屋久島ならではの植生だ.さらに高くなると屋久杉やモミ,ツガの巨木が現れる.屋久杉というのは樹齢1000年以上のものをいうとのこと,それ以下のものは小杉というそうだ.道路の真ん中に猿が休んでいる.この猿をよけるため少し低速にして登って行く.ニホンザルより少し小型のヤクシマザルで,朝食が終わり満足して平坦な道路で休んでいるところだという.3,4時間で往復できるコースを持つヤクスギランドの近くでヤクジカにも出会った.ヤクジカも幾分小型である.マムシグサという草も教えてもらった.花が咲くとマムシが鎌首を持ち上げたように見えるのだという.いまは,ぶつぶつの緑の集合果(上の方から赤くなる)になっていた.道のすぐ近くに紀元杉と呼ばれる屋久杉があった(写真5).想定樹齢3000年とのことである.紀元杉を過ぎるとすぐに淀川登山口であった.料金は5000円余で,6時45分に到着した.若い女性2人のパーティーが出発の準備をしている.ここでホテルが用意してくれた朝食をとることにした.辺りは朝露で濡れていてゆっくり座って食事できるところがない.仕方なく立って歩きながら食事をとった.おにぎり2個とちょっとしたおかずで,量は十分である.家内は半分ほど残した.食事を終わったときには,先ほどの2人の女性パーティーは出発していた.
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写真5.車道のすぐそばにある紀元杉

 トイレで用をたし,7時過ぎに出発した.山道の両側には屋久杉,ツガ,また,ヒメシャラの大木がある.ヒメシャラの木は直径60センチ以上もあり,京都の寺院などで普段見慣れている直径10センチ程度のものとの違いにびっくりした(写真6).とにかく大きい.この森にはヒメシャラの大木が多いという.

 1時間ほどして淀川小屋に到着,コースタイムは40分とある.少し遅れ気味である.小屋の前では,若者2人が朝食の準備をしながら談話していた.休みを取らずそのまま進む.進むにしたがいユズリハ(写真7),ミツバツツジ,ヒサカキ(写真8),ヤクシシャクナゲ(写真9)などの小灌木が多く見られるようになる.

 10時頃に花之江河(写真10,11)に着いた.花之江河は日本の中で最も南にある泥炭湿原であると説明書にある.泥炭湿原で有名なのは釧路湿原や尾瀬ケ原などであるが,これはミズゴケなど植物の遺体が腐らずに堆積したもので,この湿原が出来る条件は寒い気候と水に富んだ環境である.花之江河の標高は1600メートルを超えており,ここが年間を通じて冷涼な気候であることを示している.ここでしばらくリュックを下ろして休憩することにした.ミカンをだして1個食べた.乾いた喉に心地よく,ミカンの甘味が身体の隅々まで力をつけて行くような気がする.もう一個食べ,さらに,アーモンドチョコレートを2個補給して,湿原上の木道が少し広くなっているところで腰を下ろして休む.
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写真6.ヒメシャラの大木

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写真7.ユズリハの群生

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写真8.ハイノキ(ハイノキ科)

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写真9.ヤクシマシャクナゲの群生

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写真10.花之江河に到着

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写真11.日本庭園を思わせる花之江河

 花之江河を出発して木道が階段状になっているところで先を歩いていた家内が固まっている.見ると,道のすぐそばの土の上を20センチほどの2匹のガマガエルが上の方へ行こうともがいている.木道のみを見るようにいって前に急がせる.ほどなく黒味岳分れに到着した.中年男性の5人グループが出発しようとしているところであった.黒味岳往復をすませてからの出発であろう.ここから黒味岳の頂上まで往復すれば一時間ほどかかる.黒味岳山頂からは360度の展望が楽しめるということだ.まだ,午前11時であるし,急ぐこともないのでリュックを道の脇に置いて空身で黒味岳頂上まで往復することにした.登りは急峻で所々に登り降りの補助用のロープがある.森を抜けたとこで登山道のすぐそばで高山植物の葉っぱを食んでいるヤクシカに出会った(写真12).登山者をまったく意に介しない堂々とした態度である.こちらもシカのひそみに習いあまりじろじろ見ないで静かに通り過ぎ,ひたすら黒味岳の頂上を目指す(写真13).
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写真12.黒味岳への登りで出会ったヤクシカ

 黒味岳頂上は大きな岩の上で,そこからは360度の眺めが見られたが,雲が多く宮之浦岳やまた遠く海までの遠望は得られなかった.登ってきた東黒味岳の方をみたのが写真14であり雲が遠望を阻んでいるのがわかる.下りはロープのある場所で気をつけながら降りた.黒味岳分れに着いたら12時30分になっていた.1時間弱のところを1時間30分もかかったことになる.まわりの展望も良くないので昼食は投石平で取ることに,そこまで歩くことにした.
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写真13.黒味岳の頂上を目指す

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写真14.黒味岳から東黒味岳方面を望む

 投石平に1時頃到着した時には,結構,疲れを感じていた.かなりの風があったが,ここで昼食をとることにした.広々としていて気持ちがよい,風がなければもっと素晴らしいであろう.私は昼食の弁当を全部食べたが,家内は朝残したものと少しだけのおかずを食べたのみである.ホテルで用意してもらった弁当がほぼ一個分残ったことになる.今夜の夕食の位置微にすればよい.食後に食べたミカンが美味しい.やはり,山では水分があり甘くて酸っぱいものが欠かせない.チョコレートと飴でさらにカロリーを補給して宮之浦岳に向けて出発.ここから宮之浦岳までに投石岳(1830),安房岳(1847),翁岳(1860),栗生岳(1867)を巻いたり登ったりすることになる.写真15,16のような奇岩が至る所にある.
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写真15.人の顔面を想起させる奇岩

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写真16.ロボットのような奇岩

 翁岳を過ぎるとあと少しで宮之浦岳である(写真17).この辺りの植物は背が低く細かなササである.ヤクザサという屋久島固有のササらしい.こんなに細くてはタケノコも大して美味しくはないと思われる.
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写真17.翁岳を過ぎて最後の宮之浦岳への登りを歩く

 2時45分に宮之浦岳に到着,家内は疲れているようで暫く後に到着した.頂上での写真を撮ってもらい(写真18),小休憩してほぼ3時に出発した.山頂から今夜泊まることになっている新高塚小屋まではコースタイムで2時間40分になっている.これまでの速度を考えると6時までに着くのは難しいかもしれない.これからの山道は東斜面でまた林の中になるので暗くなるのが早いと思われる.
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写真18.宮之浦岳の頂上に立つ

 下山の途中に屋久島第二の山である永田岳がよく見えた(写真19).また,振り向いて宮之浦岳を撮影した(写真20).下りは自然に早足になる.後ろから来る家内の姿が見えなくなりどんどん離れていく.しばらく待つことにする.数分ときには10分も待つとやっと姿が見える.また歩き始める.離れて姿が見えなくなるが,そのまま歩く.また数分待つ.なかなか来ない.人の歩く音がして姿が見える.また歩き始める.言葉は交わさない.
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写真19.下山の途中に見えた永田岳

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写真20.下山の途中に振り返って観た宮之浦岳

 次第に暗くなる.降りるにしたがい低灌木が徐々に高い樹林帯に変わっていく.樹林帯の林に入るとさらに暗くなる.その暗い中,カエデの葉によく似た,葉柄の長いハリギリの葉っぱが木道のまわりにたくさん落ちている.見上げるとハリギリの大木が道のすぐそばに立っていた.登りのときにもハリギリの葉は認めたがその木を見つけることが出来なかった.しかし,この大木でこの森にもハリギリが一定の分布をしていることがはっきりした.ハリギリは,まだ,食べたことはないが,タラなどと同じくウコギの仲間で新芽は結構美味しいとのことである.しばらく,歩くと下の方から人語が聞こえてきた.山小屋が近いに違いない.ここで最後の待ちをすることにした.かなり疲れているらしい家内はなかなか来ない.林の中は電灯なしでも歩ける程度ではあるが,もうかなり暗い.足音が聞こえたので,山小屋が近いことを告げると安心したような返事が聞こえた.

 新高塚小屋には5時40分に到着した.結局,山頂からはほぼコースタイム通りに歩いたことになる.小屋の前の広場には,3パーティーほどが談笑したり,飲んだり,食事をしたりしていた.広場は樹木を切り開いている分だけ空の明るさをもらい結構明るい.我々も夕食の準備をすることにした.そのとき,隣で大きな声で飲みながら話していた4人パーティーの一人が,先に山小屋の中に寝る場所を確保しておいた方がよい,小屋に入って右手の二階にスペースがあると教えてくれた.その助言に素直にしたがい,マットと寝袋を持って小屋に入り,寝場所を確保した.小屋の中はもう夜で10人程度がすでに寝息を立てている.今夜の宿泊は20名程度のようだ.広場に引き返し,水場でコッヘルに水をためコールマンのストーブでお湯を沸かす.カップ麺を作り,昼に残した弁当のおにぎりを食べた.

 ヘッドランプの助けを借りて食事の後片付けをして,小屋に入り寝るようになった時間は7時である.明日,朝5時に起きるにしても10時間眠れると思ったが,この考えが甘い考えであることがすぐに判明した.すぐ奥に寝ている人のいびきがもの凄い.これまで六十年生きているが,こんなすごく大きく勢いのあるいびきを聞くのは初めてである.私も家内も今夜寝ることが出来ないことを覚悟した.9時,10時,11時と中々眠れないまま,それでも,横になっているだけで体力の回復と休養にはなると自分で慰めながら横になっていると,1時間,2時間轟音の夢を見ながら寝ていたような気になる.しかし,寝ていても耳からの音はそそまま入って来るので神経が休まらない.

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